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『ジョーカー』ネタバレ感想:丁寧な対比表現

2019年に大ヒットした映画『ジョーカー』。バットマンシリーズで描かれてきたジョーカーとはまた違う表現をされていましたね。ジョーカー誕生の物語ということでバットマンやマーベルシリーズをみている人はとても気になって見たかと思います。そしてヒーロー映画とは全く違う後味を感じたかと思います。社会問題にまで発展した本作について、ネタバレも含みますが少し感想を伝えられたらと思います。

『ジョーカー』概要

あらすじ

「どんな時も笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸にコメディアンを夢見る、孤独だが心優しいアーサー。都会の片隅でピエロメイクの大道芸人をしながら母を助け、同じアパートに住むソフィーに秘かな好意を抱いている。笑いのある人生は素晴らしいと信じ、ドン底から抜け出そうともがくアーサーはなぜ、狂気溢れる<悪のカリスマ>ジョーカーに変貌したのか? 切なくも衝撃の真実が明かされる!

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バットマンで描かれていたジョーカーは完全なる敵役で悪のカリスマでしたが、本作で描かれたジョーカーは人間的な部分にも踏み込んでいました。ジョーカー誕生の物語ですので、そうならざるを得ないのですが、一般の方からしたらとても衝撃的な表現が多かったと思われますね。

制作・出演

監督:トッド・フィリップス
脚本:トッド・フィリップス
   スコット・シルバー
出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ

監督はハングオーバーシリーズを手掛けていたトッド・フィリップス監督です。少し下品で不謹慎なコメディ映画を手掛けていた監督ですので、この映画は全くの真逆へ同じ姿勢で挑んでいるような感覚を感じますね。
筆者は映画を見た後に監督がハングオーバーシリーズの監督だと知り、衝撃を受けました。あんなに不謹慎な映画を作っていた人が、こんなシリアスな映画を作れるのだなと。
しかし、思い返してみるとハングオーバーシリーズも、画力がすごくある映画ですのでなんだか納得してみたりもしました。ハングオーバーシリーズも不謹慎なコメディではありますがとても真面目に制作されている感はありますし、そんな監督の性格や姿勢は本作にも色濃く出ていたのではと思います。

主演はホアキン・フェニックス。他の映画はあまり知りませんが、今回の演技には惹かれるものばかりでしたね。グラディエーターにも出ていたので、その時のイメージは強かったです。悲しい強さを持つ役がとても似合いますね。。。

そしてロバート・デ・ニーロも出演していましたね。映画の物語上キーパーソンとまではいかないような気がしますが、いろんな背景も考えるとかなりのキーパーソンですね。似通った題材で描かれていた映画『タクシードライバー』では主演をつとめていました。タクシードライバーの監督はマーティン・スコセッシで本作の制作に当初参加すると言われていた人物ですね。そしてロバート・デ・ニーロとマーティン・スコセッシのタッグで作られている映画に『キング・オブ・コメディ』という映画もあります。その映画ではデニーロが売れないコメディアン役をやっていました。いわば本作のアーサー(ジョーカー)的役をデニーロがになっていました。そのような面からもみるとデニーロは本作においてキーパーソンになっているような気がしますね。

『ジョーカー』ネタバレ感想

丁寧な対比表現

色々とお伝えしたい部分はありますが一つの表現に絞って少し紐解いて行きたいなと思います。
それは本作でとても印象的で予告編などにも使われている階段のシーンです。

ジョーカーとなったアーサーが階段を狂気に満ちたダンスと共に下っていくシーン。とても印象的ですよね。このシーンってすごく怖いとも言えるし、すごく美しいとも言えると思います。なぜそう思えるのか。映像の構図やアーサーの動きなど色々要因はあるかと思いますが文脈的な考えをお話したいなと思います。

まず、階段を使ったシーンは他にもあります。そしてその他のシーンとの対比で見てみるとこのシーンの表現が完成するのではないかと筆者は思います。

アーサーが家に帰る時、暗い夜道を階段を登っていきます。
アーサーが大道芸事務所をクビになった時、事務所の階段を下っていき外に出ていきます。
そしてジョーカーになった時、明るい時間帯に階段を陽気に下っていきます。

まず階段だけで考えると
登っていく→下って外へ出ていく→外の世界で下っていく
という風に物語に合わせて順に状況が変化していきます。

次にその時の明るさを考えると
暗い夜→部屋の中から明るい外へ→明るい世界
と変化していきます。

そしてアーサーの性格や社会的位置を考えると
貧困であるが優しい心→怒りを持って自分の感情を表す→狂気開放
とジョーカーへ変貌していきます。

このように階段の3シーンをとってみてみると
順にアーサーの心理的状況が変わっていくのが見えてきます。
ここまで丁寧に表現されていることに筆者は震えました。

貧困ではるが這い上がろうとしているアーサーを描き、
ジョーカーになり心は解放されたが地に落ちていくアーサーを描く。
この表現にはとても心撃たれるものがありました。感動というよりは恐怖に近い感情を抱きましたね。

階段のシーン一つとってこれだけの表現を含んでいることには
とても驚きです。もっと細かく話していくとキリがないくらい詳細は出てきますが、この大枠の表現だけでも映画というものの奥深さが分かりますね。

ホアキン・フェニックスの奇妙さ

主演のホアキン・フェニックスの演技は当然素晴らしいものでしたが
走り方や佇まいまでなんだか奇妙に演じられていてそこにはすごく衝撃を受けました。

事務所で着替えるアーサーの後ろ姿はなんとも言えない気味悪さを持っています。これ特殊メイクとかしてるとかそんなんじゃなく、そのままの姿を撮ったそうです。構図が素晴らしいんでしょうね。そしてホアキン・フェニックスの減量による役作りの効果もあるんでしょう。

ピエロの格好をしている時の走り方とかもすごく気味が悪かったです。
これも演技と構図が上手く合致しているからこそ為せる技なのですよねきっと。

まとめ

社会問題にまでなった本作ですがアート作品としてみても面白い点がたくさんあると思います。何度かみるとまた違った見え方がしてくる作品かもしれませんね。筆者ももう一度みてみたいなと思います。